「父親たちの星条旗」感想|たった1枚の写真が国と若者の運命を決定づけた

「父親たちの星条旗」感想|たった1枚の写真が国と若者の運命を決定づけた

8月15日は日本において第二次世界大戦の終戦の日とされています。
正直に言うと、普段私は戦争映画をあまり観ません。
史実を基にしていると戦争の結末を知っているのでストーリー上のサプライズ要素がないのに、心に重くのしかかるシーンが多いからです。
観たあとのダメージが大きく数日引きずることもあるので、少し避けていたところもあります。
ただ、歴史を振り返ると、人間は同じ過ちを何度も繰り返していることが分かり、大人になってやっと歴史を知る・学ぶことの重大を痛感しています。

そして、その第一歩として「映画」も大きな役割を果たすのではないかと思い、今回は2回に分けて戦争の映画を紹介したいと思います。
「硫黄島プロジェクト」2部作の「父親たちの星条旗」・「硫黄島からの手紙」です。

これまでの戦争映画とは少し描かれ方が違い、一歩踏み出して観て良かったと思っています。
このレビューを読んで、普段は戦争映画を観ないけど観てみようかなと思ってもらえたら幸いです。


1.あらすじ
2.感想(ネタバレなし)
・クリント・イーストウッドの戦争の描き方
・戦闘シーンの緊張感
・メディアの力
3.感想(ネタバレあり)
・「英雄」のその後
4.まとめ


1.あらすじ

・2006年公開
・監督:クリント・イーストウッド
・出演:ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード、アダム・ビーチ 他

原作は、アメリカ海軍衛生兵ジョン・ブラッドリーの息子・ジェームズ・ブラッドリーが書いたノンフィクション「父親たちの星条旗」。

太平洋戦争時代、日米が最も激しい死闘を繰り広げた「硫黄島の戦い」。
その戦いで、硫黄島・摺鉢山を占拠した証にアメリカ国旗を立てている写真が当時のアメリカの新聞に掲載され、写真に写っている兵士たちはアメリカ中から「英雄」だと称えられた。
その兵士のうち、生き残り3名(ドク、レイニー、アイラ)は戦場から呼び戻され、戦争の資金を集めるための「国債キャンペーン」のツアーに駆り出されることになる。
呼び戻された3名は、自分たちよりも勇敢に戦い抜いた仲間たちのほうが「英雄」だという想いがあり、「英雄」と呼ばれることに困惑していた。
しかし、当時のアメリカは戦争で疲弊しており、その戦意を向上させるために「英雄」が利用されたのだった。
そんな1枚の写真「硫黄島の星条旗」をめぐる3名の戦中および戦後の人生を描いている。

2.感想(ネタバレなし)

86点。
辛いシーンはたくさんあるものの、観て良かったと思える作品でした。

クリント・イーストウッドの戦争の描き方

「硫黄島の戦い」をモデルにしたこの作品は2部作となっています。
アメリカ側視点で描かれた「父親たちの星条旗」、そして日本側視点で描かれた「硫黄島からの手紙」がセットとなっており、どちらもクリント・イーストウッドが監督を務めました。

私が普段戦争映画を観ないことは上にも書きましたが、もう一つ戦争映画が苦手な理由があります。
それは、「○○万歳!」「○○は悪!」と善悪を極端に描かれることが多いような気がして、日本の関連の有無は関係なく鑑賞後モヤモヤしてしまうからです。

しかし、クリント・イーストウッドが描く戦争映画はそういったものではありませんでした。
アメリカ側視点で描かれた作品でも、アメリカ万歳!という印象は受けず、客観的に事実を淡々と描き、物事の評価は鑑賞している人に委ねているように感じました。
その描き方のバランスが絶妙で、クリント・イーストウッドの監督としての実力を感じました。
実際に、作品の冒頭には以下の通り述べています。
「戦争を分かった気でいるやつはバカだ。特に戦場を知らぬ者に多い。皆単純に考えたがる。“善 対 悪”、“ヒーロー 対 悪者”。どちらも大勢いる。だが実際は我々の思うようなものではない。…」

そんな単純な善悪では描けないということが宣言されています。
そのため、この作品では国関係なく戦場に赴いた「普通の若者」を通して描くことで、戦争の違った面を観ることができます。

戦闘シーンの緊張感

戦闘シーンは基本モノトーンのような映像で描かれています。
モノトーンにすると画面を読み取りづらいので画面に集中しようとして画面に釘付けになり、緊張感が一層増します。(頭は相当疲れますが…)
そして、モノトーンの中でも銃弾・大砲・炎は色味を出して表現しているので、被害がより鮮明に目に訴えかけてきます。
10年以上前の作品なのでCGは少し甘いような気もしますが、それでも戦場の悲惨さは十分伝わってきます。
途中、仲間が次々と息を引き取っていくシーンは本当に胸が苦しくなります。

この作品はいくつかの時間軸が行き来して描かれています。
①戦場 ②国債キャンペーン ③戦後 ④現代
国債キャンペーンの途中フラッシュバックが起きて戦場のシーンに展開したり、現代にて当時のことを語るシーンから戦場のシーンに展開したり…
そのため、集中しないとどこの時間軸か混乱してしまう可能性もありますが、戦闘シーンから離れる時間が合間にできるのは、戦争映画に慣れていない私にとってはありがたかったです。

メディアの力

1945年2月23日にジョー・ローゼンタールにより撮影された写真「硫黄島の星条旗」。
この1枚の写真が及ぼした影響はとても大きかったことをこの作品では丁寧に描いています。
劇的な写真は時に戦争の勝敗すら決めると言われるように、この写真でアメリカ国民は戦争でアメリカが優位になっていると感じ、国中が盛り上がります。
そして、「あと少しで戦争に勝てるから国債を買ってください」と政府およびメディアは呼びかけるのです。
戦争において、軍事費を継続して捻出できるかどうかは勝敗を分ける大きな要因だからです。
メディアによって作り出された「英雄」に国民が酔いしれるシーンの数々はとても印象的で、多くの国民が政府およびメディアによってコントロールされているように感じました。
それだけ当時からメディアの力は大きいのだと感じました。

3.感想(ネタバレあり)

「英雄」のその後

写真により「英雄」として称えられてしまったドク、レイニー、アイラはそれぞれ色んな苦労を抱えます。
まずは、写真に収められたシーンは初めてのアメリカ国旗掲揚のシーンではなく、「2回目」だったという事実がありました。
1回目の国旗を交換しているところを撮影されたのです。
そのため、ドク、レイニー、アイラも「たまたまそこに居て手伝っただけ」で、「英雄」と呼ばれることにどこか後ろめたい気持ちがありました。

私としては、アイラについてのストーリーが1番やるせない気持ちになりました。
彼は1番「英雄」と呼ばれることを嫌い、戦後の人生も苦しいものだったと描かれています。
「英雄」と呼ばれたものの、他に死んでいった仲間のほうが立派に戦い、自分が戦場でやってきたこと・見てきたことは誇れるものじゃないと、国債キャンペーン中も苦しみます。
情緒不安定、アルコール依存症となり、騒ぎを起こしたことから戦場へ送り戻されるのですが、本人はどこか安心します。
でも、戦場ではパニックになって敵を一心不乱にナイフで刺し殺す仲間の姿を見たり、正常ではいられない異常な空間に身を置いたりすることになります。
戦後無事にアメリカに戻って来られますが、「英雄」と持ち上げられる一方で、自身がインディアンということから差別を受けることもありました。
最期は、そんな不安定さからお酒を飲みすぎて屋外で死んでいるところを発見されます。
なかなか彼が安心して過ごせる場所が最後まで見つからなかったことが本当に悲しかったです。

国のために戦い、国の都合で「英雄」となった若者たちも一国民です。
戦争が終わった後苦しい人生を送ったなんて、何のための戦いだろうなんて思ってしまいます。

4.まとめ

戦争映画に必ずと言っていい程出てくる言葉で「国のため」というのがありますが、これを聞くたびに「国」に何だろうなぁと考えてしまいます。
この作品では、戦場のシーンでは敵である日本兵の顔はあまり映っていません。
それは、戦場のアメリカ兵にとって人本兵がいかに得体のしれない存在であったかというのが読み取れる気がします。
相手をよく知らないけど「国」のために戦う、そして若者の命が奪われる…何だかふわふわとした見えないものが人間をコントロールしているようで少し怖くなります。
エンディングでも語られていますが、戦った兵士たちは「英雄」ではなく皆「普通の人間」なのです。
私たちは「戦争」という大きなカテゴリーの裏に、たくさんの「普通の人間」が居ることを忘れてはいけないということをこの作品から教えてもらった気がします。