「ひとよ」感想|白石和彌監督初挑戦。家族の言葉の重さを感じる作品

「ひとよ」感想|白石和彌監督初挑戦。家族の言葉の重さを感じる作品

白石和彌監督。
「日本で一番悪い奴ら」「彼女がその名を知らない鳥たち」「凪待ち」など話題作も多い監督ですが、何となくクセが強そうだなぁというイメージがあって今まで作品を鑑賞したことがありませんでした。
しかし、今回公開された「ひとよ」には好きな俳優さんも多く出演しているということもあり初挑戦してみました。
2019年の白石監督の作品は「麻雀放浪記2020」、「凪待ち」に続いてこれで3作目らしいです。
1年で3作品…一体どんなスケジュールをこなしたら可能なのか疑問です。
絵を描くスピードが遅い私には羨ましい気持ちでいっぱいです。

もちろん、制作スピードが早いからと言ってやっつけ仕事という感じではなく、じっくり鑑賞してほしい作品だったのでレビューしていきたいと思います。


1.あらすじ
2.感想(ネタバレなし)
・3兄妹の母親との向き合い方
・田中裕子さんの演技も素晴らしいと声を大にして言いたい
3.感想(ネタバレあり)
・サイドストーリー堂下さん
・不自然だった設定
・家族の言葉の重さ
4.まとめ


1.あらすじ

・2019年公開
・監督:白石和彌
・出演:佐藤健、鈴木亮平、松岡茉優、田中裕子 他

15年前の大雨の夜、3人の子どもたちは稲村タクシーで運転手をしている母・こはるの帰りを待っていました。
そして、こはるが帰ってきましたが「さっき、お父さんを殺しました」と子どもたちに報告します。
父親は日常的に家族に対して激しい暴力をふるっていて、子どもたちも毎日怯えながら過ごしていました。
子どもたちは母の言葉に動揺しますが、こはるは子どもたちの未来を守れて誇らしいと伝え、すぐに警察に出頭してくると家を出ます。
その時に、15年後に子どもたちを迎えに来ると約束をします。

それからちょうど15年後の夜、約束通りこはるが帰ってきました。
かつての稲村タクシーは名前を変えて、親戚が「稲丸タクシー」として会社を守っていてくれました。
会社の懐かしい顔馴染みと出会い、こはるはすぐに打ち解けて元の家で暮らすことになります。
しかし、子どもたちは15年間連絡を取っていなかったため、どのように接してよいのか戸惑ってしまいます。

3兄妹はそれぞれ事件後に苦しい想いもしたり、現在もなかなか思うような人生を歩めていなかったりしている。
そんな中、母親が戻ってきてどのように家族と向き合ったらいいのか、それぞれ悩んでいくこととなる。

2.感想(ネタバレなし)

84点。
観客を圧倒させる演技がたくさん詰まっていましたが、設定部分で少し不自然な部分もあったかなぁという印象です。

3兄妹の母親との向き合い方

この作品では、暴力をふるう父親を殺した母親と残された3人の子どもの15年ぶりの再会を描いています。
3兄妹の設定はこんな感じです。

●稲村大樹(長男)
小さい頃から吃音のため人とのコミュニケーションが少し苦手。
妻と娘がいるが、日々のすれ違いで関係性が悪くなってきている。
15年ぶりに帰ってきた母親に対してどうしたらいいか動揺してしまうが、基本的には母親が自分たちのために罪を犯したことに理解を示そうとしている。

●稲村雄二(次男)
事件後の周囲からの嫌がらせ等もあり、大人になってからは家族から距離を置いている。
小さい頃からの夢である小説家を目指しているが、その夢を叶えられないまま東京でフリーライターとして働く。
15年ぶりに再会する母親に対して極端な嫌悪感を示している。
自分たちがこんなに苦労したのは事件を起こした母親のせいだという想いがあり、母親に厳しい言葉をかけることも多い。

●稲村園子(長女)
美容師の夢を叶えるため美容学校に通うが、事件のことが知られて通えなくなり退学する。
その後はスナックで働き生計を立てている。
3兄妹の中では1番母親との再会を素直に喜び、母親が犯した罪は自分たちを守るためだと理解して美容師の夢を諦めたことについて愚痴をこぼさない。
ギクシャクした家族の雰囲気をどうにかしようと小さな気遣いが所々で垣間見える。

3兄妹があの夜から15年間同じ気持ちを共有してきたのかと思いきや、3人それぞれ違った想いを抱いて大人になっているのが面白いなぁと思いました。

私は女性なのでやはり長女・園子の想いが1番共感できます。
「お母さんはあの人から私たちを守ってくれたんじゃん」の言葉からも分かるように、小学生の女の子にとって、大人の男性の暴力って想像以上に怖かったと思うんですよ。
だから、そこから解放されたことに対する安堵が3兄妹の中で1番大きくて、そんな罪を犯した母親には寄り添わないといけないという想いがあったのかなぁと思います。
3兄妹の中で唯一母親に対する敵対心が見えず、むしろ母親を信じて甘えている感じさえしました。
図らずも「蜜蜂と遠雷」に引き続き松岡茉優さんの出演している映画のレビューになりましたが、やはり彼女の演技は自然でとても好きです。

長男、次男の苦悩も複雑なんですけど、それを鈴木亮平さん、佐藤健さんが見事に演じてくれたと思います。
長男が感情を爆発させるシーンはこちらがビクッとしちゃいました。必見です。

田中裕子さんの演技も素晴らしいと声を大にして言いたい

この作品のレビューや記事を読んでいると、演技派と呼ばれる3兄妹の演技について絶賛しているものが多かったです。
それについては上に書いたように私も賛成です。とても素晴らしかったです。
しかし、田中裕子さんについて書かれているものの少ないことよ…。
何で?見つけられないだけ??私、田中裕子さんのあの独特の演技好きなのに…。
ドラマ「Woman」「anone」に出演されたときも、見た目はどこにでも居そうなお母さんなのに何だか独特のオーラがあり、画面を支配するような、先が予測できない演技に魅了されました。
そこから私にとって気になる女優さんの一人でした。
それなのに!役どころも重要なはずなのに3兄妹の評価が前に出すぎている感じが悔しい…いや、きっと皆さんの心には残っていると信じています。

今回の作品でもどこか不思議な雰囲気を醸し出す母親役でした。
子どもたちの命を守るため暴力をふるう父親を車で轢き殺し、15年後約束通り子供たちを迎えに来ます。
殺人者の子どもとして生きてきた3兄妹に謝ることは一切せず、殺人はしてはいけないことだけど自分がやったことは正しいと強く思っています。
ひょっこり帰ってきたのにタクシー会社の人たちとはすんなり馴染んで、子どもたちとは特に焦って関係を作る訳でもなく、穏やかに見守る感じ。
テーマは重いけどバランスを取るようなコミカルな演技もしてくれて、是非田中裕子さんの絶妙な演技も楽しんでほしいなと思いました。

3.感想(ネタバレあり)

サイドストーリー堂下さん

佐々木蔵之介さんが演じた稲丸タクシーの新人運転手。
とても真面目そうに見える彼ですが、実は元ヤクザでアル中・薬中で離婚するという過去がありました。
脇役かと思いきや後半しっかり稲村家に関わってきたのでびっくりしました。
堂下さんのストーリーはまるでもう1本違う映画を観ているようで本当に必要かなと思ったりもしましたが、稲村家が気持ちを吐き出すきっかけ、「うまく行かなかったら親のせい」と言われる親の本音を3兄妹に見せる、という役割があったのかなと感じています。
あとは、同じ親であるこはるさんと堂下さんとの比較を描きたかったのかなぁ。

それにしても、今ではアルコールも薬も断って更生しようと頑張っている彼にあの仕打ちは見ていて辛すぎました。
17歳になった息子と久しぶりに会うことになり、食事をしてバッティングセンターに行って、幸せな一夜を噛み締めた堂下さん。
しかし、昔の知り合いからの依頼を断り切れず一度だけ運び屋の手伝いをすることになり、いざ運び屋を乗せるとそこに居たのは堂下さんの息子。
息子は薬物依存症で、薬を買うお金を稼ぐために運び屋をやっていたのです。
しかも、その状況を堂下さんが問い詰めると「全部お前のせいだ」と責められてしまう。
過去と決別したはずなのに過去は自分を放してくれない…そんな堂下さんの悲鳴を佐々木蔵之介さんが迫力ある演技で体現してくれました。

あのあとの堂下親子について特に描かれていなかったけれど、良い結末は想像できませんよね。
いつかまた堂下さんにとって特別な一夜が訪れるといいなと思います。

不自然だった設定

前半にも少し書いていますが、設定(脚本)の中で少し不自然じゃないかと疑問に残るところがいくつかありました。
●父親を轢き殺すシーン…父親がひどく酔っぱらっていたとは言っても、敷地内の短い助走距離で車を強く身体に当ててそのまま死ぬだろうか。気を失ったとしても途中で目を覚ましそうな気がしてしまいます。
●警察に行く母親を追いかけるシーン…子どもだけで車の運転するのは非現実的かと思いました。途中で事故を起こしそうです。
●15年間一切連絡なし?…ほとぼりが冷めるまで一緒に暮らせないのは分かりますが、出所後も一切連絡をよこさず急に迎えに来るのは不自然じゃないでしょうか。手紙でお互いの近況を伝え合うだけでもできていたら、最初にこんなにも3兄妹との距離ができなかったんじゃないかなと思ってしまいます。こはるさんが愛情を示すのが不器用だから?んー、ちょっと説得力が弱い気がします。

家族の言葉の重さ

この作品を観て強く感じたのが、幼少期に親からかけられた言葉って良くも悪くも心に刻まれるということでした。
もちろん希望にもなることもあるけれど、場合によっては呪いにもなり得る。
何気なくけていた言葉でも子どもには残っていたりするんですよね。(言っているほうは覚えていないことがほとんどですが)

今回は、母親が15年前最後に残した「自由に生きられる、何にだってなれる」という言葉が、3兄妹の心に強く残りました。
母親が父親を殺してまでくれた自由、自分はちゃんと生きられているだろうか?と常に悩むようになります。(それがこじれて次男の記事出版に繋がるのですが)
これくらいならお母さんは許してくれるだろうか?と何度も自分に問い掛けて、次第に自分を許せなくなって、自分で自分を苦しめていたんだと思います。

一方、母親はと言うと、殺人という大きな罪を犯しましたが、たぶん子どもたちが立派に生きていようが成功していなかろうがあまり関係なかったのかもしれません。
とにかく生きていることが大事で、過度に立派に生きることは求めていなかったのだと思います。
あぁ、母親の無償の愛ってこんな感じなのでしょうか。

そんな3兄妹と母親との意識のギャップがあったから誤解が生まれ、作品終盤までの距離感が生まれたことが悲しいなと感じます。
もっと言えば、こんなに愛情を持った母親なのだから殺人ではない選択肢も頭の中に浮かんでほしかったけど、そんな余裕を持てないくらいのひどい状況だったのでしょうね。
はぁ…家族って難しい。

4.まとめ

白石監督が描く「家族」はいかがだったでしょうか。
3兄妹は終始心が揺れ動いていましたが、母親のぶれない姿勢はかっこよかったです。
これを機に他の白石監督の作品も挑戦できればいいなと思います。