「トゥルーマン・ショー」感想|リアルなのにリアルじゃない。人生すべてを全世界から見られている男の話

「トゥルーマン・ショー」感想|リアルなのにリアルじゃない。人生すべてを全世界から見られている男の話

テクノロジーが発達してきた現代、個人情報の保護についても議論されることが多くなってきました。
街中に監視カメラが設置され「監視社会」なんて言われることもしばしばあります。
今回は、そんな個人情報保護なんか完全無視で、人生すべてを「テレビ番組」として全世界で生放送されている男の話を紹介します。
1998年に公開された映画ですが、ずっと先の時代を見て「エンターテインメントって?」「個人情報って?」を優しく問いかける素晴らしい作品になっていると思います。


1.あらすじ
2.感想(ネタバレなし)
・設定が秀逸
・何度か観返すと面白い
3.感想(ネタバレあり)
・演技の演技
・ローレン/シルヴィア(トゥルーマン・ショー反対派)
・トゥルーマンの決断
・どこまでがリアル?エンターテインメントとは?
4.まとめ


1.あらすじ

・1998年公開
・監督:ピーター・ウィアー
・出演:ジム・キャリー、エド・ハリス、ローラ・リニー 他

トゥルーマンは離島シーヘヴン島に住んでいる明るい青年。
保険会社に勤めていて、美人な妻も面白い親友も居て、毎日何不自由なく生活していた。
困っていることと言えば、幼少期に父親とボートに乗っていたときに嵐が来て父親を失ったため、水恐怖症で島から出られないということぐらい。

しかし、ある日から身の回りで不可思議なことが起こり始める。
空から「シリウス」と書かれたライトが落下してくる。
自分が居る場所だけ雨が降ってくる。
死んだと思っていた父親がホームレス姿で現れたが、突然他の人に連れ去られる。
極めつけは、故障したラジオからこんな妙な会話が聞こえてくる。
「エキストラは配置につけ」「90秒で到着。子犬の準備は?」「現在地ランカスター広場」
そんなことからトゥルーマンは自分が監視されていて、何者かにコントロールされているのではと疑念を持ち始める。

実は彼は生まれたときから24時間365日全てを撮影されていて、テレビ番組「トゥルーマン・ショー」として常に世界中に生放送されている有名人であった。
彼が住んでいるシーヘヴン島は巨大なセットで、周りの人は全てテレビ局に雇われた俳優であり、天気などの自然現象でさえも機械でコントロールしていた。

その後、世界中の視聴者に見守られながら、真実を知ろうとするトゥルーマンとそれを邪魔するテレビ局が攻防戦を繰り広げる。
最終的にトゥルーマンが下した決断とは…?

2.感想(ネタバレなし)

90点。
ジム・キャリーのコメディーとシリアスな演技のミックス加減が絶妙で最後まで楽しく鑑賞しました。

設定が秀逸

「もし自分が生きてきた世界が全て嘘だったら?」
トゥルーマンの設定を自分に置き換えたとき、背筋がゾッとするような気分になりました。
「自分は監視されているのでは?」というのはもしかしたら考えたことがあるかもしれませんが、自分の生きている世界まで作り物だとはなかなか考えません。
だって、まさか自分1人のために街中の人々が騙しているなんて常識的にはあり得ませんからね。

冒頭はテレビ番組として放送していることは明確には描いておらず、トゥルーマンが「あれ?おかしいな…」とじわじわと違和感を持つようになるのですが、その過程の描き方が非常に上手なのです。
我々も一緒になってじわじわと背中に汗をかくような感覚です。
時々隠しカメラからの映像に切り替わったり、合間に視聴者らしき人たちが映ったり、違和感を小出しにして、少しずつ正体が明らかになっていきます。

設定が絶妙なのは、番組は彼を笑い者にするのではなく、あくまでトゥルーマンをリアリティー番組の世界的スターとして扱っていること。
そうすることで、本来であれば異常とも見えるこの番組も視聴者に受け入れられるものとして位置付けているのです。

トゥルーマンは普通に生きてきただけなのに、リアルだけどリアルじゃないという何とも不思議な設定です。
全員グルになってトゥルーマンを騙しショーを作っていく光景はなかなかシュールです。

何度か観返すと面白い

トゥルーマンの疑念を通してじわじわと事情が分かってくるような映画なので、全て理解した上で映画を観返すとまた違った側面が見えてきて面白いです。

一般のテレビ番組は番組の途中でCMを入れてスポンサーからの資金調達をしますが、トゥルーマン・ショーは24時間放送のため番組中に商品の宣伝をする「プロダクトプレイスメント」という手法を採用しています。
また番組中に紹介したものは「トゥルーマン通販」で購入できるとしています。

毎朝詰め寄って話しかけてくる双子のおじいちゃんはある広告を見せるためだったり、妻メリルは万能ナイフ、芝刈り機、ココアを不自然に紹介してたり、親友マーロンはいつもビールを絶賛してたり…
よくよく見ると違和感のあるセリフは宣伝だったのか!という場面がいくつかあります。
それを観返したときに発見するのが面白いです。

3.感想(ネタバレあり)

演技の演技

トゥルーマンの周りにいる人たちはテレビ局が雇った俳優さんなので普段から演技をしている設定です。
つまり、この映画に出演している俳優さんは「トゥルーマン・ショーで演技をしている人を演じる」という「2重演技」をしていることになります。(言い方がややこしい…)

これがおそらくとっても難しいと思うのですが、妻メリルがその点上手だなぁと思ったのです。
トゥルーマンに怪しまれないように夫を心配する妻を演じつつ、トゥルーマンが島から脱出しようとするのをやんわり止めつつ、時にはカメラ目線で商品の紹介をする。
特にトゥルーマンがメリルも怪しいと思って詰め寄られると、笑顔が引きつりメリルを演じる「1つ目の演技」が崩れ始めるシーンは見所です。

ローレン/シルヴィア(トゥルーマン・ショー反対派)

ローレン(本名シルヴィア)はトゥルーマンが大学生のときにトゥルーマン・ショーにエキストラ出演した女性です。
トゥルーマンは彼女に一目惚れし、彼女もトゥルーマンに心惹かれます。
こっそり二人で抜け出したときに、彼女はトゥルーマンにトゥルーマン・ショーの真実について告げようとします。
しかし、彼女の父親とされる男性が止めに入り、彼女が統合失調症で妄想を言っていてフィジーで療養することを教えられます。
それを最後に彼女に会うことはなかったトゥルーマンですが、未だに忘れられずこっそりシルヴィアを日々探していました。

シルヴィアは映画の中では少数派のトゥルーマン・ショー反対する立場の人です。
他人の人生をコントロールして放送することに疑問を持ったのです。
後半、彼女の部屋が映りましたがおそらくトゥルーマン解放の運動をしているのでしょうか…。
個人の印象としては「反対派はそんなに少ないのかぁ」という驚き。
私はたまにテレビでやっているドッキリでさえ観てられない人なので肯定派の気持ちはあまり分からないのです。
でも、視聴者の大半が肯定派だからこそ、トゥルーマンの決断は大きな意味を持つことになると思います。

トゥルーマンの決断

何と言っても、ラストシーンに向けてのトゥルーマンを演じたジム・キャリーの演技は素晴らしいです。
トゥルーマンが島から脱出すると、スタッフたちが天気を荒らして妨害しますがトゥルーマンは何とか危機を乗り越えます。
そして、最終的に船は巨大セットの端っこに行き着きました。
この時、トゥルーマンは自分の考えていたことが妄想ではなく真実なのだと思い知ることになります。
絶望、混乱、色んな感情の混じったトゥルーマン…見ていてこちらも泣きそうになります。

そして、ついに「トゥルーマン・ショー」の生みの親である番組プロデューサー・クリストフと話すことになります。
空から聞こえるクリストフの声、まるで神のような演出ですよね。
実際にクリストフは「現実世界より自分の創った世界のほうが危険がなく真実のある世界」だと主張しています。
そして黙り込むトゥルーマンに「生放送だから何か話せ」と言われると、カメラに目を向け笑顔でこう言います。

「念のため、こんにちはとこんばんは!おやすみ!」

これは彼がご近所さんに挨拶をした際、別れ際に毎回言っている言葉です。
つまり、これまで番組を観ていた視聴者に対して「別れ」を告げて、外の世界に行くことを決断します。
本来であれば今までのことに対して怒り狂ったり、取り乱したりしてもいいくらいなのに、ここまで爽やかな笑顔で決着をつけるトゥルーマンは本当にカッコいいです。
これは個人的に映画史に残る名シーンだと思っています。

とは言っても、トゥルーマンが怒り狂って製作側や視聴者に事の重大さを心に植え付けるのも有りではないかと思ったりもします(笑)
外の世界に行ったあとのトゥルーマンについては描かれていませんが、本当に幸せになってほしい…。

どこまでがリアル?エンターテインメントとは?

番組プロデューサー・クリストフがインタビューを受けた際、トゥルーマンが今まで疑いを持たなかった理由を「徹底したリアリティーを保ったから」と話しています。
どこまでがリアルと言えるのか?
映画を通してモヤモヤしたのは「トゥルーマン・ショー」を観ている視聴者は一体どんな気持ちで観ているのか、ということでした。
感覚的には普通にドラマやスポーツを観ている感覚と同じで、1人の男性のリアルな生活であるという感覚がとても薄いと感じました。
リアルなのに視聴者にとってはリアルじゃないのです。
ボートで脱出している彼を見て視聴者はすごく盛り上がりテレビに釘付けになっていたけれど、どんな気持ちだったのでしょうか。
脱出できるよう応援?
番組が続いてほしいから戻ってほしい?
ただのエンターテインメントの消費?
私としては、ただのエンターテインメントの消費だと感じました。
だからこそ、トゥルーマンが外の世界に足を踏み入れた後に「あれ、番組表どこだっけ?」とすぐに次の刺激を求め切り替えることができたのだと思います。

4.まとめ

この映画は「エンターテインメントの追求」と「個人の尊厳」について今一度考えるきっかけを与えてくれます。
果たして「トゥルーマン・ショー」は1人の男性の人生を犠牲にしてまで世に送り出すべきエンターテインメントだったのか。

近年ではSNSが発達してきてますます「個人」が丸見えになってきています。
その時にエンターテインメントの追求が行き過ぎて個人情報や個人の尊厳を忘れないようにしないといけないなと再認識できる素晴らしい映画だと思います。